はじめに
私は毒親育ちですが、今はすっかり回復できたと感じています。
このシリーズでは20の質問に答えながら、過去を振り返りつつ回復後の視点を綴っていきます。
毒親育ちから回復した私が答える20の質問 #13 支えになった人や場所は?(思春期〜青年期編)

私の体験
この頃は本質的に何が問題なのか全くわからず、「わたしだけがおかしいんだ」と疎外感を抱いていました。
友だちには恥ずかしくて相談もできず、みんながまともに社会でイキイキと働いている姿を見て余計に孤独を感じていました。(自分はもう2社目でした)
救いを求めて宗教や、文通で知り合った男性に頼ったこともあります。
特に自分より社会性がない男性と知り合うと「自分の方がまだマシだ」と思えて安心することもありました。けれど、そうした相手はダメンズばかりでした。
彼氏ができてからは「味方ができた」と思えて心強かったのですが、親に隠れて会わなければならずいつも胸が苦しかったのです。
不倫でもないのに隠れる必要があり、今思うと彼がかわいそうで仕方ありません。ごめんね、M君。
親は顔を合わせるたびにスペックに問題があるM君に対して「別れろ!」と責め続けましたが、間違いなくM君だけがあの頃の私の理解者でした。
学びと気づき
毒親のもとでは「安心できる人や場所」が極端に制限されます。
だからこそ、ほんの一人でも味方がいることが心の支えになります。
親に否定され続けても、外の世界に理解者がいることで「自分はおかしくない」と思える瞬間が生まれます。
今のわたしの視点
あの頃の私に伝えたいのは「安心できる人を持つことは悪いことではない」ということです。
親が認めなくても、自分にとって大切な人や場所は守ってよかったのです。
一緒に考えてみませんか
・あなたにとって思春期〜青年期の支えになった人や場所はありましたか。
・その存在は今のあなたにどんな影響を残していますか。
まとめ 毒親育ちから回復した私が答える20の質問 #13 支えになった人や場所は?(思春期〜青年期編)
毒親育ちの環境では、支えを見つけることが難しいものです。
それでも一人の理解者や安心できる場所があるだけで、心は救われるのだと今は理解しています。
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