はじめに
今はすっかり回復できたと感じている毒親育ちです。
シリーズでは20の質問に答えながら、過去を振り返りつつ回復後の視点を綴っていきます。今回から思春期〜青年期編です。
私の体験

社会に出てみて、自分に社会性がほとんどないことに愕然としました。冷静に考えれば当然です。人間関係を学ぶべき家族が機能不全だったのですから。
ただ、この「まともな家庭で育っていないことの怖さ」に本当に気づいたのはずっと後になってからでした。40代を過ぎて振り返ったとき、ようやく「うちは普通ではなかった」と理解できたのです。
親から責められる経験ばかりで「何か言われたら泣く」しかないという反応しか身につかず、言いたいことを言えないまま大人になりました。
母自身も社会不適合者で他人とまともに話せない人でした。そんな環境で育った私は、人間関係の基礎を学べずに社会に出てしまったのです。
高校時代は友だちを作ってなんとかやっていましたが、年齢の違う大人の中ではどう振る舞えばいいのかわからず、それなのに仕事は接客事務(学力で決まっていました)
自分に合わない職種を選んでしまい、周りの大人も誰も気づいてくれませんでした。
できないと責められるばかりで、親は相談にも乗らずただ否定するだけ。あの頃から私は親を信用できなくなり親に対して心を閉ざしました。
途中で社会人としてうまくできない自分を憂い、「人間関係のない仕事に就きたい」と何度も思いました。文章を書いたり読んだりが好きだったのでそんな仕事に就きたいという夢はありました。
これが私の「本当はやりたかったこと」だったのです。
学びと気づき
親の支配や無関心の中で、自分の適性を見つける機会を奪われていました。子どもが自分の可能性を試す場を持てないことは、社会に出てから大きな壁になります。
やりたかったことを選べないまま「親の望む進路」に従うと、後に深い後悔を抱えることになります。
今のわたしの視点
今なら「自分を理解すること」が何より大切だと分かります。親の期待や押し付けではなく、自分の資質に合った選択をしてよかったのです。
あの頃の私に伝えたいのは「あなたは接客業でなくてもいい。人間関係のない仕事を選んでもいい」ということです。
だけどビックリ。今はこうやってブログを発信してウェブライターとしても仕事をしたり、本を出版したりしています。
魂が望んだとおりのことは叶えられるのですね!
一緒に考えてみませんか
あなたが思春期〜青年期に「本当はやりたかったこと」を諦めた経験はありますか。
今ならその自分にどんな言葉をかけてあげたいでしょうか。
まとめ 毒親育ちから回復した私が答える30の質問 #12 本当はやりたかったことは?(思春期〜青年期編)
毒親育ちの環境では、自分の適性ややりたいことを見つける機会が奪われがちです。
今の私は「自分を理解し、自分に合った選択をすること」が大切だと強く感じています。
そして回復できたその先には「魂の望むこと」を叶える力も出てきます。今からでも遅くはありません、私自身40代後半から好きに生きられるようになりました。