私は毒親育ちです。
幼い頃から否定的な言葉や恐怖に縛られ、自信がないまま大人になりました。
それでも時間をかけて心を見つめ直し、少しずつ回復することができました。
今は「過去の言葉に縛られない生き方」を選び直し、自己肯定感を取り戻す道を歩んでいます。
このブログでは、その体験をもとに 20の質問 に答えながら、心を取り戻すプロセスを綴っていきます。
読んでくださる方にも、自分の過去を振り返りながら「気づき」や「新しい視点」を得てもらえたら嬉しいです。
毒親育ちから回復した私が答える20の質問 #1 親からよく言われていた言葉は?

私の体験
母親によく言われていた言葉は
「甲斐性なし」
「愚図にも愚図にも…」
でした。

ひどい・・・
幼い子どもに向けるにはあまりにもひどい言葉だと思います。
しかも「こうしたらいいよ」といった具体的な教えはなく、
ただ否定だけが積み重なっていきました。
子どもは勝手に何でもできるようになると思っていたのかもしれません。
今振り返ると、母自身も子ども時代に同じような言葉をかけられていたのではないかと感じます。
母親の鋭い睨みが常に怖くて、まるで蛇ににらまれた蛙のようにじっと動けずにいました。
少し大きくなった時には
「常識的に考えろ」
等ともよく言われてましたね。これは両親とも言っていました。
きっとずっと「普通にしなさい」と言われてきたのかもしれません。
学びと気づき

否定的な言葉を繰り返し浴びることは、子どもの心に「自分はダメだ」というラベルを刻み込みます。
しかも具体的な指導がないまま責められると、努力しても報われない無力感が生まれ挑戦する意欲を失わせます。
さらに睨みなどの非言語的な威圧も強烈な心理的圧力となり、恐怖で身動きが取れなくなるのです。
ここで重要なのは、母親自身も同じように育てられていた可能性に気づけたことです。
毒親の言葉や態度は世代間で連鎖することが多く、本人が受けた傷を無意識に再生産してしまうのです。
この連鎖を意識できた時点で、すでに断ち切る力を持ち始めていると言えます。
でも母はおばあちゃんは厳しくなかったと言ってたなぁ。
もしかしたら母の祖母からかけられた言葉かも・・・
母と祖母の子どもが同級生で母はツライ幼少期だったと言ってたな。
想像ですけど 母じゃなく祖母が毒祖母ってこともあるのでしょうかね?
(調べてみると祖母や祖父の影響を受けた人も結構いるようです)
昭和初期の生まれの人は親が厳しかったり、
封建的だったりもあるのかもしれませんね。
いまだに「普通は・・」と言う父のことを思い受かべると
囚われてるなぁと笑ってしまいます逆に。
今のわたしの視点
今の私は、
「母自身の過去の反映だったのかもしれない」と捉え直しています。
そう考えることで、あの言葉の呪縛から少し距離を取れるようになりました。
幼少期には恐怖で動けなくなるほどでしたが
母親の言葉は私の本質を表すものではなく、
母自身の傷の投影だったのだと理解できるようになったのです。
今は「自分に新しい言葉を贈る」ことを意識しています。
「頑張っている」
「そのままで十分に価値がある」
と自分に声をかけることで、過去の否定的な言葉を上書きし少しずつ自己肯定感を取り戻してきました。
一緒に考えてみませんか
- あなたの親から繰り返し言われていた言葉は何ですか?
- その言葉は、今のあなたの考え方や行動にどんな影響を与えていますか?
- もし自分に新しい言葉を贈るとしたら、どんな言葉を選びますか?
紙に書き出してみると、過去の言葉と今の自分の関係が見えてきます。
そこから「上書きする言葉」を探すことが、回復の第一歩になります。
まとめ #1 親からよく言われていた言葉は?

親からの言葉は、子どもの心に深く刻まれます。
否定の言葉は傷を残し、肯定の言葉は力を与える。
毒親育ちの回復はその言葉の影響を理解し自分自身に新しい言葉を贈ることから始まります。
過去の連鎖を意識し、未来に向けて自分を癒す言葉を選び直すことが心を取り戻す大切なプロセスです。
この記事を読んで「もっと詳しく知りたい」「他のテーマも深く知りたい」と思ってくださった方へ。
これまでの体験と気づきをまとめた Kindle 本 を出版しています。
詳しくはこちらからご覧いただけます 👉

