お正月、長かった。家族で時間を長く共有するとストレス溜まるよね・・・
うちはお正月、昨年5月に母が亡くなったばかりなので遠慮と言うことで ことしは特別何もしなかったのですが。
「正月疲れ」親戚や家族との濃厚接触で疲れていない?

妹家族
県内にいる妹家族がお正月に来ました。今年は遠慮だからと顔出しして帰ると聞いていたから茶菓子程度だけ準備。
結局は夜まで居たのですが(夕飯の時間遅くまで)まぁこれには毎回ですが本当にモヤる・・
こっちはそろそろ帰ってもらいたい・・とムズムズするくらいの長居。
「帰れ」とも言えずこの年までやってきました。
今年は何もしないと決めてたから外食の予約もとってない。
まぁ・・そんな妹家族の話。(ちょっと空気読めない系?)
帰ってから怒り出し、泣き出す父。
前置きは長くなりましたが そういう妹家族と父とのことなんですが母の1回忌をどうするという話を父がして簡単にすれば?という妹の旦那さん(義弟)。
妹とわたしは合いの手を入れながら 収拾がつかない話をのらりくらりと聞いていたのです。
何回も同じことを言って結論が出てない男性たちに面倒になってわたしは甥っ子と孫が遊んでる部屋へ。
義弟はお酒が入っていたし父は高齢です。
さて・・その後どうなったのかはわかりませんが別に気にしてなかったの。
ですが、次の日になって父が
「あいつ・・生意気な。あいつに関係ないだろ腹の立つ」
と言い出したんです。
えっ。昨日怒ってたの??
そんな風には全く見えなかったのに父は怒っていたらしい(内弁慶)
そして妹家族の文句を言い出したんです。
何を贈ってもありがとうの一言がないって言うの。1度も。そうかな?ほんとうに?
まぁ気は効く方ではないけども・・でもわたしには言うよ?
そして
「普通はあいさつの1つも言うもんじゃないのか!」と泣き出す始末・・・
えええ~これなに?
普通ってなに?
これ、子どもの時からずっと両親がわたしに言ってきた言葉。課してきた言葉。わたしはこの言葉が大嫌いでした。
必ず父も母も「普通は・・」「常識的に考えなさい!!」
この言葉が枕詞として毎回付いてきました。
でも・・気づくと両親は2人とも世間一般の常識からは程遠い、毒親だった。
普通というのを「じぶんの考え」だけに固執してしまうと 誰のことも自分とは意見が違う意見を受け入れられなくなってしまいます。2人共そういう人でした。
「ありがとう」と言ってもらえると思ってやっていると恨みがましく思うことになります。
あ~この人、80代後半になってもこんな人なんだな・・・
そしてずっと凝り固まった思考で夜も眠れず悩んだり憎んだりするのです。
アホらし・・・
まとめ)「正月疲れ」親戚や家族との濃厚接触で疲れていない?

わたしは毒親の毒針から解放され、じぶんがおかしかったんじゃない、親が変だったんだ とわかるようになるにつれ今までのじぶんの考え方も凝り固まっていたことに
気づくようになりました。
そして両親を客観的に見れるようになり
「あ~わたしもこういうとこあったなぁ」
「良かった。変われて、、あの2人、つくづく気の毒な人生だな」と毒親を見て思うのです。
▽経験をもとにわたしの書いた本です。親との問題を抱えてる人は是非読んでみて▽
父は80代後半なので今更わたしの言うことも聞く耳を持たないしそのままでしょう。(母に至ってはもう故人です。)ある意味それが1番の復讐なのかも。
わたしはすっかり解放されたけど結局あいつらは死ぬまで考えが変わらないのだから。面倒だけど・・わたし以外に誰も聞かないだろうから 聞いてるふりして右から左へ流しています♬
ちなみに父がじぶんで「俺たち親が教えなかったのかな」(ありがとうと言わない等)と言ったので
「そうですよ」と伝えたら
「違う!〇子は変な家に嫁いだからだ」と言い出す始末。
~心の声~
あのね・・妹さ、親に怒られたことないって言ってたよ。それじゃない?
わたしは怒られたことしかないけどね!
それにさ 悪いけど1番変なのはアンタたちだから!!
と心の中で毒づくワタシ。まぁどうでもいいけどね。
「お母さんはいつもこう言ってた・・」とか言うけど絶対ないから。
いつも夫婦仲悪くて喧嘩ばかりしていたのに
なぜか美談に変わってるんだから・・あほらし。
生きてた時は母をボロクソにけなしてたモラ夫のくせに。
書いたら止まらなくなってきた(笑)
みなさんも家族や親せきと過ごしてお疲れじゃありませんか?大丈夫ですか?
☆毒親介護の本を出版しました!

