先日起きたこの事件、
事件を起こした動機については「親からの教育虐待で苦労した。度が過ぎると子どもがぐれると世間に示したかった」という趣旨の話をしているという。
:東大前駅刺傷事件
完全に親に責任転嫁をしていると思いますよね?
でも・・・思い出すとわたしも彼の年齢の頃はまだ同じような感じでした。(人に敵意を向けることは全くありませんでしたが!)
その事実に今のわたしは愕然としてしまいました。

いびつな家族の形
うそ・・・わたしも40歳過ぎてもこんな感じだったの??
は?
そんな歳にもなって親のせいにするの? じぶんでなんとかできたんじゃないの?
普通の人はそう思うでしょう。なぜなら今のわたしさえそう思ったから・・・でもね、毒親育ちはそんな簡単なことも思いつかないのです。なぜかというとその年齢になってもなお、親に支配されているからです。
わたしの場合も何をするにも親が介入して(結婚して夫も子どももいたのにかかわらず)何をするにも親がどう思うかが判断を左右していました。絶対的な支配です。恐ろしいと思いませんか?
それくらい長い間、親の言いなりになっているんです。
なので「本当はこうしたい」とか「ああしたい」とかがあっても「きっとこれをすると親は叱るだろう」という恐怖でできないというジレンマがあります。今少し思い出せるのは夫と言い争いになった時に「だって、そうしたらお母さんに叱られる」と言った覚えがあります。
夫は「叱られる?そんなもんどうでもいいだろう!」と言ってたような気がしますが
わたしは夫の前で両親の悪態をつきながらも最終的には親の言うがままだったのです。
自分自身が毒親育ちでコントロールされていることにも気づけず、夫にも説明できない状態の時でした。ただつらい毎日だった。
この加害者も家族にいろんなことを制限されていたのだと思います。彼を擁護するわけではないですが
やりたいことを自由にできない、がんじがらめ感、閉塞感は犯罪を起こすじゅうぶんな要因になると思います。
人間はペットではありません。
親の言いなりにさせる、恐怖や脅しでマインドコントロールするなんてろくなことになるわけがないのです。
話は戻りますが わたしのその頃の恨みは完全に母親に向いており、わたしが自由に好きに暮らすには母親を刺し殺すしかないと思っていました。(死にそうにないんで)
今思えばかなり物騒な話ですよね・・・
これ冗談ではないんです。
まとめ【毒親育ち】その包丁を置いてじぶんを育て直そう。教育虐待で罪を犯す前に。

こういう毒親が原因の事件が起こる度に「ひとごとではない・・」と震えます。
実際に具体的に殺そうと思ったことは無いけど(企てたことは全く無い)
「母が死ぬまでわたしの自由は無いんだな・・」と絶望を覚えて生きていました。
怒りの対象は親なのに他人に向けるのは卑怯です。加害者が家族の問題で他人に暴力が向かうのはやはり「家族が怖い・・・」ということ。
そこが変わらないからなのかもしれません。
後編はこちらです。
▽親に何もかも決められて動けなくなっているあなたを救いたいです。渾身の力を込めて書き記したこちらの本を是非1度読んでみてください。
すこしでもあなたの気持ちが軽くなりますように。


