断捨離してたら昔の手帳が出てきてわかったことがありました。
比較的社交的だと思ってたんですけれど2002年4月のわたしは(35歳の)
社交的ではないっていうことで悩んでいたことがわかりました。
20年前のわたしに伝えたい『非社交的なことや育児と仕事の両立』の悩みはまず○○を解決すれば大丈夫!

過去のわたしはとても悩んでいた
過去のわたしは人間関係にとても悩んでいたようです。
それらをいつ克服できたのか探っていってみようと思います。
自分のルーツを紐解く
子ども時代は本当に人見知りだったけど
大人になってからはそうではなかったような気がしてて少し驚きました。
忘れているものですね。
平成14年4月私は何をしてたのでしょうか。35歳の時のことです。
人生の中でも一番悩んでいたときです。
子育てとフルタイムの仕事に板挟みだった時です。
21年前のわたし
正社員をしていました。当時のわたしは「できない」ということも嫌だし「知らない」っていうことも言えない人でした。
経験がないのに恥をかきたくない、プライドの高い人間でした。
今思えば「親とそっくり」もう恥ずかしくて穴があったら入りたいです。
もし今のわたしがあの頃のわたしに声をかけるとしたら、分からないことは聞けばいいんだよって教えたいです。
悩んでいた子育てと仕事の両立
色々あって悩んでその会社を辞めることになったんですよね。正社員で働くことしか知らなくって その後アルバイトとかパートで働くようになってかなり苦労しました。
パートで「もっとできるのに」とイライラしたり、馬鹿にされてるように感じたり。短い時間でしっかり仕上げなくちゃいけないのに、時給も安い。そのジレンマになかなか折り合えない自分がいました。
その時のわたしは自分が正社員を諦めたっていうことを認めたくなかったんだと思います。
子育てもしたいのにお金も欲しくて・・でもワンオペ育児家事で両親からは協力もされずにダメ出しばかりされて本当につらかった。
今思うと毎日両親に育児も家事もダメ出しばかり。そりゃ鬱っぽくなるわよね。
あれが1番諸悪の根源でした。
伝えたい あの頃のわたしに。
自分だけで家事や育児をするのにも限界があって、仕事を続けられなかった自分もずっと責めてたけど。。。
もしその時の自分に言えることがあったなら 言いたい。
働き続けたいのなら課長さんに提示されたパートになりなさい。なにより大事なのは今しかない子供との時間。取り戻せないよ。
そして(両親に)もしもわたしを働き続けさせたいのなら協力を頼むこと。
協力しないなら文句を言わないことを約束させること。
本当に戻れるとしたらあの時。あの時に。戻ったら絶対にそう言うんだ。
そしてすぐに毒親育ちを卒業する!(そうなったら10年も早いです)

じぶんの親が毒親だと気づき、自力で回復して人生が回り始めました✨
今は派遣で渡り歩くのが当たり前ですが当時は珍しい働き方でした。
けっこう世間からの風当たりが冷たく辛かった~
今はHSPやマルポテなどの言葉があって時代も変わりました。
社交的になったのは一体いつ?
いろんな職場に行って自分を対応させたからこそ今の自分がいます。
恐ろしく適応能力が発達した自分はそこから出来上がったんだと思います。
いいことばかりではないけれど悪い事ばかりでもないなと思います。
だってそれは かつて自分の望んだ姿だったから。
子供時代のわたしは本当に人見知りで家族以外とは喋れないくらいでした。
ずっとずっと誰とでも仲良く話せる自分になりたいと憧れていました。
そして憧れ続けてきたから今のわたしがいるんだと思います。
こんな本も出しました。
自分が克服したからこそ書けた本です。
まとめ 21年前のわたしに伝えたい『非社交的なことや育児と仕事の両立』の悩みはまず毒親問題を解決すれば大丈夫!

憧れの人物に なれるように努力することは大事。
そしてそれを実践できるのも自分しかいませんね。
未来を変えれるのはわたしだけ。
そして今、もしも悩んでいてもそれは一生続くものでは無いということ。
毒親に支配されて自分の人生を生きていないと感じる人はまずは毒親から卒業してください!
「解決策が無い」と思ったらいろんな人に相談すること。本を読むのも良いでしょう。
(特に現代はSNSが発達してるのでいいアイディアが聞ける)ココナラで相談もお受けしています。
あなたは20年前、どんなことで悩んでいましたか?

