要介護4の母の介護をやっています。(やっていました)
慣れないのでいろいろありました。
「あさイチ」でも介護で家族間が険悪になるって
言っていました。
あるあるなんですね💦
「はじめての介護」で家族間がヤバい愚痴多め)

老いては子に従って欲しい→力関係を変えたがらない父

わたしをイライラさせたのは父の性格と老いでした。
普段なにげない会話では同居していても気づきにくい。
プライドが高く、絶対に意見を曲げない頑固爺
母を共に介護することになり、密に話し合う機会が増えて
想像以上に父の老化に愕然としました。
物忘れがひどいのと判断能力が鈍ってきているのと
聞く耳がない頑固さ・・・
歳を取ってもまだじぶんが上に立ちたい。老いても子に従えない。
▼外部へも記事を書かせていただきました。
老いと執着:タンスを手放すまでの道のりにグッタリ | ハルメクハルトモ倶楽部 (halmek.co.jp)
母のケア全てに口を出し、手を出しているけれど
全然うまくできていない・・・
それに対してわたしが口を出すと猛烈に攻撃してくる・・・
はぁ・・・・
いい加減にして欲しい
昭和初期生まれの男はなかなかアップデートされない
元々仲の悪かった両親でした。
母が介護1になり、免許返納をした時には
なんで俺がお前(母)を乗せていかなきゃ
いかんのだ
毎回そういう感じでした。
なので
わたしもたまに連れてってあげるよ
と伝えてました。
実際、これまでじぶんの好き勝手にしてきた父は母に頼まれるたびにイライラし、
文句を言っていました。
わたしのまわりの話を聞くと最近は
同居でも配偶者が介護をされてる人が多い。
昔のように長男の嫁が介護をするなんてナンセンスです。
仲が悪い夫婦だったので
父が母を介護することをなかなか受け入れれなかった様子でした。
実際、最初はわたしに任せるつもりだったようです。
わたしにはわたしの人生がある
何度もわざわざ口に出して
あなたが中心にお母さんの面倒を見るのよ。
わたしは手伝うから。
と言い続けて父に促しました。
▼ハルメクに記事を投稿しました。
家族が重いと感じるあなたがラクになれる2つの方法 | ハルメクハルトモ倶楽部 (halmek.co.jp)
わたしは若いころから中年期まで毒親に支配されてきたので
もう親に振り回されるのはできるだけ避けたいと考えていました。
夫婦のことは2人で解決していってほしい。
協力はするからというスタンスでいました。
(結局は口しか出さない父に振り回されていましたが)
「老々介護」子どものような父に疲れ果てる
何においてもわたしの反対をして
口喧嘩ばかりになり疲弊しました。
途中には妹に中に入ってもらい、話を聞いてもらい
いったん仕切り直すこともしました。
誰かと話すことで何が問題でどうしたいのか客観的に見れるようになりました。
やり方を変えましたがわたしが黙って我慢して
ストレスいっぱいでしたが
口喧嘩はぐっと減りました。
わたしの中の変化
指示は出さず(マウントを取りたがり、どうにもならないので)
声をかけて黙って黙々と作業をすることに徹しました。
例えば、おむつを開いてから父はやっとタオルを濡らしに行きます。
洗浄するための容器にお湯を入れ始めたり、順番に思いつく度にやっていましたが
それでは母が寒いしおむつを脱いだ状態で放置されたままになってしまいます。
父は先にすべてを準備して作業することができないので(何度言っても無理だった)
父が手間取っている間に黙ってすべてを準備して、
手渡しをするようにしました。
作業もスムーズに進むので文句を言わなくなりました。
「もっとこうしたらいいのに・・・」と口出しそうになるのを
グッとこらえました。
とりあえずはスムーズに進むようになった
わたしは毎回のおむつ替えを手伝わないことにしました。
(依存しないように)
1日5回は替えましたが、大事な時間(寝る前と朝)以外は父に任せました。
(最初からそうすればよかったのですが、それだと私に任せきりになるので)
その後のおむつ替えの時に
ぐちゃぐちゃになってるのを発見したりしましたが我慢してわたしが
手を出す時に直しました。
週5日はデイサービスに任せてたので
週2日の1日1回程度が父だけのおむつ替えでした。
まとめ「はじめての介護」で家族間がヤバい(愚痴多め)

わたしは気分転換にたまに美味しいランチを1人で食べていました。
1人で介護をすることに比べたらラクなはずなんですけど逆だった。
マウントを取りたがる老親と一緒に介護となると本当に大変です。
うちの場合はわたしがかなり我慢して
「相手はボケ老人なんだから」と心の中で唱え、なんとかやりきりました。
腹が立った時には
もう~お父さん、邪魔やわ~
お母さん、よくこんなのと長年連れ添ってきたね
と父本人に聞こえるように口に出してました(笑)
母の眼の光がこっちを見ていました。
「そうそう、本当大変だったのよ」と言っているようでした。
話せないけどわかっていたようでした。
1人で介護も大変だけれど家族で協力しながらも結構大変です。
考え方の違いややり方、同じ姉妹でも同居と別居とか
いろいろ考えさせられた介護期間でした。
その間しっかりと介護をしてあげれたと思います。
そのおかげか わりと手がかからずあの世へ逝ってくれました(笑)
(とよく聞きますよね)
って不謹慎?
この後ね、母の死後にわかったこととかあってさ~
もうやっていられないよ~
またそれは落ち着いたらおいおい書いていこうと思います。
愚痴多めに付き合ってくださってありがとうございます。



