親の介護、最初の壁は家族間の争いだった

要介護3の母の介護を先月からやっています。子ども時代は核家族だったので認知症になっていく老人をまじかで見たことも無く、次男である父も初めての経験です。

毒親ではありましたが、今回はふつうの親の介護として書きたいと思います。

これから介護される方の参考になればと思います。

 

母の状態

 

入院前は要介護1でしたが進んでるようだったので見直ししようと言っていた矢先、怪我をしてしまいました。

大腿骨骨折→手術→入院→リハビリ専門の病院へ転院

退院する頃には認知症がグッと進み、動けない状態になっていました。完全介護になってしまったのです。

 

慣れない環境に介護する側がパニくる

 

病院から戻る前に介護の準備を色々やっておく必要があります。まず立ちはだかったのは頑固な父親。これが1番の壁になりました。介護部屋を作るまで父との言い争いが続きました。前向きに進みたいわたしと事実を認められない父。

老いと執着:タンスを手放すまでの道のりにグッタリ | ハルメクハルトモ倶楽部 (halmek.co.jp)

 

初めてのことで気持ちだけが急いで口論ばかりしていました。

 

父もストレスで物忘れが進み、なお本人をイライラさせていたようです。また、お金のことで険悪になりました。父が生活費から出すのをしぶるのです。
そのくせ、変なところで感傷的になり母の携帯の解約も首を縦に振りませんでした。

80歳認知症母のガラケー解約、あれこれ大変だった話 | ハルメクハルトモ倶楽部 (halmek.co.jp)

 

わたしは母が元気な時に「お父さんに渡さないでお金はあなたが管理して」と言われていたので・・・母のお金はわたしが管理しました。
(でも結局母がぜいたくして父の分まで使っていましたが・・・)

www.koto6.com

 

まとめ 親の介護、最初の壁は家族間の争いだった

書きたいことがいっぱいあり、長くなってしまいました。書籍を購入して役だったのでご紹介します。

 

毒親の介護をした話を書きました。

「親の介護」は誰にとっても避けがたいテーマ。でも、それが“毒親”だったら?

同じ立場の読者さんから「涙が止まらなかった」「肩の荷が下りた」と大反響!

毒親介護