時間にルーズな友人の行動にモヤッ…振り回されて気づいた意外なこと

最近、長年仲良くしている友人の“時間の感覚のなさ”について考えることがあった。

約束の時間に来ないのは当たり前。
連絡も抜ける。
若い頃なんて、社員旅行で2時間待たされて、私まで上司に怒られた。

そんな話はザラでもっといっぱいエピソードはある。
わたしは今までの人生の中で通算2カ月くらいは彼女に待たされているのではないか。

でも不思議なことに、彼女はプライベートでは友だちが多い。
のんびりしていて、愛嬌があって、一緒にいると楽しい。
映画館デートも、ショッピングモールも、ランチもすごく楽しい。

ただ、時間が絡む約束だけは地獄。

そんな彼女を見ていて、ふと思った。

「あれ、これって何かの特性なんじゃない?」

そう思った瞬間、いろんなことがスッと腑に落ちた。


 毒親家庭で育った私が身につけた“距離感のセンス”

そこから思いが飛んで、「もしかして私の両親にも特性があったのかも」と思い始めた。

母は感情の波が強くて、片づけが苦手。友だちもほとんどいない。
今思えば、ADHDっぽい。

父はその逆で、こだわりが強くて、自分のペースを崩さない。予定変更が苦手でASDの特徴に近い部分が多い。

母はADHDっぽくて、父はASDっぽい。

そう考えると、私の“人との距離感の取り方”も説明がつく。


そして気づいた。

両親が毒親だったのも、もしかしたら彼らの“特性の強さ”が関係していたのかもしれない。

もちろん特性がある=毒親ではない。


でも、

・感情のコントロールが苦手な母
・こだわりが強くて柔軟性のない父


この組み合わせは、子どもにとってはなかなかハードモードだった💦

そしてここで、もうひとつ腑に落ちたことがある。


「じゃあ私にも何か特性があるのかもしれない」


そう思うと、これまでの人間関係の“選び方”や“距離の取り方”にも説明がつく。

私は、特性のある人と気が合うというか許容範囲が広い。

よく「あの人と話してるのアンタだけだよ」とどこでも言われた。本当に。


扱い方が自然に分かる。
呆れながらも嫌いにならない。
距離を置くところは置く。
期待しないところは期待しない。
でも、楽しい部分はちゃんと楽しむ。

このバランス感覚は、
毒親家庭で身につけた“生きるためのスキル”だったのかもしれないわ。。


 結論:私はこれからも、彼女の“仕様”と上手に付き合っていく

友人のことは好き。
一緒にいると楽しい。
でも時間が絡む約束はしない。
今後は旅行もライブも行かない。

 

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彼女はそういう“仕様”の人。
私はそういう“仕様”の彼女と、ちょうどいい距離で付き合う。

そして、毒親家庭で育った私が身につけた“距離感のセンス”は、今の私をちゃんと守ってくれている。




毒親育ちの皆さん、どうですか?
そんなところ無いですか?

 

 

 

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