「毒親」という言葉がまだ存在しなかった頃、私は自分の生きづらさの理由を探し続けていました。今でこそ当たり前のように語られる概念も、当時は影も形もなくただ苦しさだけが先にありました。
私がどのように言葉と出会い、どのように回復へ向かっていったのか――その“道のり”を番外編として記録しておきたいと思います。
【毒親育ち】番外編 言葉がなかった時代を生き抜いた、私の回復の歴史
何に悩んでいるのか正体を探し続けた日々
この本が出版されたのが2008年ということなので17年前。私が出会ったのは今となってはいつ頃だったのか探しようがないですが2008年~2013年の間に間違いないです。
その後、アダルトチルドレンと言う言葉を東ちづるさんによって知りました。
「わたしもそれだ」と思ったのは彼女がメディアでカミングアウトした頃(2010年代)になります。
このようにまだまだ「毒親」という概念はなく、ずっと「私の生きづらさ」の原因はなんとなく分かったもののどうすればいいのか・・・だから?という先には進めない時期がありました。
その後、2013年にナイナイアンサーで心屋仁之助さんを拝見して、「まさに!」と思いました。TV画面にクギづけになりましたが とても家族と共に番組を拝見することはできず、息を止めて違うところを見るような顔をして耳だけは聞いていたような覚えがあります。
その後、心屋仁之助さんの書籍などを探し始めました。また、西尾和美さんの本にも出会いました。
これこそが具体的にわたしを癒しはじめた本で今でも宝物です。
やっと「自分が何と戦っているのか」わかり始めた頃です。ちなみにわたしが親から回復した頃にはまだ「毒親」という言葉は認知されていませんでした。
わたしが本を出版した2021年には「アダルトチルドレン」という言葉は下火で(元々マイナーで)「毒親」という言葉が大きく取り上げられ、わたしもタイトルに入れさせていただきました。
まとめ 【毒親育ち】番外編 言葉がなかった時代を生き抜いた、私の回復の歴史
振り返ってみると、私の回復は「言葉を探す旅」でした。まだ概念がなく、誰も教えてくれず、ただ自分の違和感だけを頼りに歩いていた時代。それでも本や人との出会いが少しずつ道を照らし、やがて「自分が何と戦っていたのか」が見えるようになりました。
今では「毒親」という言葉が広く知られ、かつての私のように理由が分からず苦しむ人が少しでも減ることを願っています。
もしあなたが今まさに言葉を探している途中なら、その旅は必ずどこかにつながっています。
この記録が、あなたの道のりのどこかでそっと灯りになりますように。
